子どものためのサイコソーシャルアプローチ
わが国のこれまでの小児保健・医療の主な課題は時代とともに大きく変わってきました。この数十年間は乳幼児の発育・発達の評価,感染症や気管支喘息などの予防・管理や治療など,身体的課題への対応が主であったといえます。しかしながら,予防接種体制の充実,治療技術の著しい進歩などにより,わが国の子どもの疾病構造は大きく変化しています。一方,社会の大きな変化やスマートフォンに代表されるIT 技術の爆発的な普及などにより,子どもを取り巻く社会環境も大きく変化しています。親の離婚,貧困,いじめなど,子どもをめぐる深刻な問題も増えています。このような社会環境の変化は子どもにきわめて大きな影響を及ぼします(social determinants of health)。その結果,子どもの健康を守り増進する観点から,小児科医のこれまでの診療の基本的姿勢であった疾病などの身体的な課題への対応だけでは不十分な事態になっています。
わが国のこれからの小児科医や小児医療関係者には,子どもの身体的・心理的・社会的(biopsychosocial)な課題に対して総合的に把握し,支援する小児保健・医療体制を構築することが求められています。心理的・社会的な課題は当然のことながら子どもの家庭(養育者),親戚,地域社会,保育所や学校などと深い関係にあります。米国小児科学会(American Academy of Pediatrics)は1990 年代から子どもと家族をbiopsychosocial に捉え,支援することを目指した健診体制Bright Futures を構築しています。3 歳から21 歳まで年1 回,かかりつけ医で30 分間ほど子どもが受ける健診(Health Supervision)では,身体的な診察や予防接種だけでなく,子どもの社会生活や悩みにまで立ち入り,適切な指導をすることを主眼にしています。米国の小児科医は子どもに寄り添い,いざというときにアドバイスする伴走者の役割も担っています。しかも,健康保険が健診の費用をカバーする仕組みになっています。
本書には,子どもをpsychosocial に捉え・支援するために日常診療の現場で利用でき参考となる情報があふれています。本書の目指す「子どものためのサイコソーシャルアプローチ」はわが国のこれまでの小児医学の教育にはなかった重要な視点であり,今後のわが国の小児保健・医療を大きく変革しうるものです。小児保健・医療の関係者に本書が大いに利用されることを願っています。
2020 年4 月
国立成育医療研究センター理事長
五十嵐 隆